西武柳沢駅
せいぶやぎさわえき
西武柳沢駅は、1927年(昭和2年)4月16日に、(旧)西武鉄道村山線の開通とともに開業しました。それまでは、1915年(大正4年)に開業した武蔵野鉄道(現西武池袋線)が北部を走っているのみで、ようやく待望の南部を走る鉄道ができました。
村山線の敷設ルートや駅の設置に関しては、幾度かの変更がありましたが、地主などの強い要望や土地提供などの協力もあり、現在の地に駅を作ることが叶いました。
石神井川付近の川沿いには柳の木が多く群生していたことから、広く保谷の東伏見エリアから田無の南町エリア付近が柳澤(やぎさわ)と呼ばれており、江戸時代には青梅街道と所沢街道の追分附近の宿場を「柳澤宿」と称していたことから「柳沢」の駅名となったと思われます。
ただし、村山線開業時の1927年(昭和2年)には、1925年(大正14年)に開業した長野電鉄木島線に「柳澤(やなぎさわ)」駅が存在しており、同名駅を回避するために「西武柳沢」としたと伝えられています。
村山線は旅客輸送に力を入れており、沿線の宅地開発も行い開通時から複線の電車でしたが、開業当初の西武柳沢駅の乗車人数は年間約14,000人から25,000人。一日平均で50人から70人程度でした。