柳沢の歴史

柳盛会の発足

りゅうせいかいのほっそく

 終戦を向かえると、中島飛行機は解体・整理され、従業員たちの多くはこの地を離れていきました。

 終戦直後の西武柳沢駅の周辺には商店が5~6軒ある程度で、日用品は田無町まで足を運ぶ必要がありました。その後商店の数も徐々に増え、1951年(昭和26年)には29軒となったことから、商店会を結成することとなり、翌1952年(昭和27年)1月に「柳盛会」を発足させました。柳盛会とは、西武柳沢付近の商店が盛り上がって繁栄するようにという意味をもって付けた名称で、田無へ流れるお客さんを少しでも食い止めようという考えで生まれた会でした。当時これを記念して、駅構内に2本の親指ぐらいの太さのしだれ柳を記念樹として植えました。残念ながらこの柳は現在見ることはできませんが、古い写真にはその姿を写したものがあります。

 その後、富士街道が舗装および排水溝の設置、53基の街路灯の設置、神輿や山車の購入、年次の祭礼、納涼盆踊り大会、中元・歳末の大売出しなどの活動を続けました。最盛期の1960年代には160店舗が軒を連ねていました。

 1978年(昭和53年)に「柳盛会柳沢北口商店街」と改名。現在も活動を続けており、街灯は65基となりました。昨今は新しい店舗や個性的なお店の出店も続き、新しい魅力も生まれています。

  • 昭和27年(1952年) 柳盛会結成大会© 柳盛会柳沢北口商店街

    昭和27年(1952年) 柳盛会結成大会

  • 昭和29年(1954年) 相撲大会© 柳盛会柳沢北口商店街

    昭和29年(1954年) 相撲大会

  • 昭和31年(1956年) 尉殿神社奉納演藝大会© 岡

    昭和31年(1956年) 尉殿神社奉納演藝大会

  • 昭和42年の商工まつりでのパレード© 岡

    昭和42年の商工まつりでのパレード

  • 昭和60年(1985年) 盆踊り© 柳盛会柳沢北口商店街

    昭和60年(1985年) 盆踊り

  • 1990年頃 柳沢のお祭り © 保谷市勢要覧 1993

    1990年頃 柳沢のお祭り